社会不適合者から始める自由な不労生活

社会不適合者から始める不労生活

その昔、14歳で学校を辞めた社会不適合者がおったそうな。

これは「仕事第一」の社会の常識を真っ向否定した男の物語である。

 

  • 豊かになりたいなら『正社員』になるな!?
  • 学歴など必要ない!必要なのは『ブログ歴』?
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たつもん
こういう生き方もあるんだ、という参考になれば幸いです

お茶でも飲みながらお気軽に読んでください

作者たつもん

14歳で学校をやめ、19歳で趣味を仕事にする。

2014年「大人やめました」宣言。
自宅に隠居し20代で起業。社会と決別する。

子供心で生きる『ネバーランド暮らし!』をモットーに、のんびり暮らす方法を配信中。

 

第1話 社会は異端を許さない

 

『どこに逃げればいいんだろう』

 

晴天の空に向かってそうつぶやいた。

 

28歳の頃、僕の1日は時給900円のレジ打ちに費やされていた。

 

店内を忙しく右往左往し

時に怒鳴られ頭を下げて

夕陽が沈むのを店舗から眺め

1年、また1年と人生が紙吹雪のように吹っ飛んでいた。

 

同級生達は就職し会社の中堅となりつつある時期だ。

一方僕は何物でもなく、いくらでも代わりがいる労働ロボット。

もちろん、それは偶然ではなく必然、僕が自ら選んだ道である。

 

僕は14歳で学校をやめた。

 

いじめられてはわけではなく、ヤンチャしていたわけでもない。

やりたいことがたくさんあったので、学校は時間の無駄だと感じていたのだ。

 

1つの職業しか選べないという未来も憂鬱だった。

僕は大人になりたくなかった。

趣味や夢を捨てたくなかった。

そして僕は学校を捨て『普通の大人』になるためのレールから脱線したのだ。

 

 

真面目な方々は、この経歴を聞いただけで僕に嫌悪感を抱くことだろう。

 

「甘ったれ!」

「現実を直視していない!」

「ナルシっぽくてキモイ!」

 

もちろん、そう思われてしまうことは承知している。

承知した上で僕は14歳の頃に『オトナ』を拒絶する道を選んだ。

 

学校を辞め、大学にも行かず、就職もせず「ずっと夢を見ていたい!」と青臭い言葉を吐いていたのだ。

 

10代の頃は社会も寛大だったが、大人になるにつれ、そのような考えは周囲から異端扱いされるようになった。

当然だろう、周囲はみな将来を見据えて遊びを我慢し、夢を捨て、必死に社会に適合しようと努力しているからだ。

 

一方で僕は現実に目を向けず、夢や妄想の中に生きていた。

こういうのを『社会不適合者』と言うらしい。

 

結果、僕に待っていたのは28歳にもなって時給900円で馬車馬のように働く生活だったのだ。

(みんな僕とは違って必死に競争していた)

 

 

生きていくにはお金が必要だ。

働くことを止めるわけにはいかない。

きっと、この先50年の人生ずっとだ。

 

仕事より、家族と過ごす時間や、趣味の時間が愛しかった僕にとって、その未来を想像することは憂鬱だった。

 

もちろん働く場所を選ぶ自由はある。

しかしおそらく何処に逃げても今と大差ない。

 

だって周囲を見渡しても、どこにも楽しそうな大人などいないではないか。

皆一言目には『金がない』『自由がない』と口にしている。

『大人とはそういうものだ』とも述べている。

 

例外は自分の好きなことを仕事にしている起業家たちだが、それはテレビの中の話。

僕の身の回りには目を輝かせて仕事に励んでいる労働者などほとんどいなかった。

 

それが、僕が晴天につぶやいてしまった理由だ。

 

 

僕は別に、贅沢したかったわけではない。

高級車に乗りたかったわけではない。

ブランド品に囲まれて人々から称賛されたかったわけでもない。

両手に美女を抱えたかったわけでもない。

 

僕はただ『時間』が欲しかったのだ。

 

仕事より大切にしたい趣味や夢があった。

仕事より家族、恋人と過ごす時間を守りたかった。

行きたいところがあったし、やりたいことがあった。

 

しかし社会はそれを許さない。

集団から逸れる価値観には『社会不適合者』のレッテルが貼られる。

 

そして毎朝、目覚まし時計に叩き起こされる。

そんな生活が何年か続いた。

第2話 労働ロボット

 

ある日、同僚のおばちゃんのペットが亡くなった。

普段は弱みを見せない彼女が電話越しにワンワン泣いている。

 

僕にも愛犬がいるので彼女の心中を察すると胸が張り裂けそうだ。

 

「今日ぐらい、仕事を休んでいいではないか」

僕は彼女にペットとの最後の別れを噛みしめてほしかった。

 

しかし、店長はそれを許さない。

彼は彼女に対し「社会人としての自覚が足りない」と言い放った。

 

 「ペットの死で仕事を休むなど言語道断!」

「私心を持ち込まぬのがプロの商売人!」

 

店長は誇らしげに胸を張った。

心底気持ちが悪い。

 

どうやら大人になると泣きたい時に泣くことは許されないらしい。

「何が大切か」は個人ではなく会社の判断になるそうだ。

 

しかし会社や世間の常識に歯向かうにはエネルギーがかかる。

感情を持たぬ労働ロボットになり果てた方が楽みたいだ。

 

僕は次第に、自分を自動販売機だと思うようになった。

 

「イラッシャイマセ…」

「アリガトウゴザイマシタ…」

「マタ…ゴ利用クダサイマセ…」

 

会社からはこのようなことも言われた。

 

「休日は遊ぶな!仕事に支障が出る」

「風邪でも出勤しろ!仕事は辛いものだ」

 

同僚たちは誰も疑問を抱いていないようだった。

理想を語っても虚しいだけなので、僕は考えることをやめた。

 

帰宅するとクタクタで趣味のギターを楽しむ間もなくベッドに崩れ落ちた。

うたた寝すると朝になっていて、慌てて職場に向かった。

 

愛犬の散歩にも行かなくなった。

彼は項垂れた表情でつまらなそうに僕を眺めていた。

 

起きて → 仕事して → 飯食って → 排泄して → 寝る

 

まるで家畜のようなスケジュールだ。

 

気付けば20代の大半の時間が労働で吹っ飛んだ。

 

街を歩いていたらモデルにスカウト…などされない。

助けたじいさんがデカい会社の会長で莫大な遺産を…くれるわけがない。

家で寝てたら机の引き出しから未来のロボットが…やってくるわけがない。

 

何も起きず、何もできず、歳だけ食っていく…

 

ようやく自分は物語の主人公ではないのだと気づいた。

第3話 大金積んでも、時間と命は戻らない

 

「死んでしまった」

 

その短いメールが僕の携帯に届いた時、僕は時給900円でレジを打っていた。

それは長年家族の一員だった愛犬の死を告げるものだった。

 

茫然としていると、耳元で声がした。

「すぐに帰りな、店長には私が言っとく」

以前、ペットを亡くしたおばちゃんの声だ。

 

僕は制服を脱ぎ捨て、汗を飛ばして家まで走った。

 

僕は彼より仕事を選んだ。

今日にも彼が逝ってしまうことを悟りながら僕は仕事に行くことを選んだのだ。

 

僕の心の天秤は、愛しい家族との最期の時間より、大嫌いなレジ打ちを選んでしまった。

 

しかも時給は900円、1日7,000円だ。

僕は家族の命より7,000円(+社内の信用)を選んでしまったことになる。

 

 

彼は玄関ではなく、西日が射すリビングに居た。

しかし寝ているのではなく、死んでいた。

当たり前だが、二度と尻尾を振らなかった。

 

 

そこで起きていたことは予想外のことではない。

自然の摂理がようやく我が身に降りかかっただけだ。

 

変化が無いように思えても、時間は確実に過ぎている。

その間、僕も、大切な人達も『死』に近づいている。

 

「どんなに大金を積んでも、失われた時間と命は戻らない」

 

幼い頃から言い聞かせられてきた摂理に対し危機感がなかったのだ。

 

でももっと一緒に居たかった。

疲れたと言わず散歩に行ってあげればよかった。

仕事に行かず頭を撫でてあげればよかった。

 

先の人生で僕は何度これを繰り返すのだろう?

大切な時間を犠牲にして、何を守ろうとしているのだろう?

それはたった一度の人生より、大切なものだろうか?

 

生まれて初めて真剣に考えたとき一つの結論が出た。

 

『自由になりたい』

第4話 みかん箱の上に、夢を託した

 

1つ明らかなことがあった。

僕は『お金』に時間を支配されていたのだ。

 

つまり当時の僕は会社とお金の奴隷だったのである。

だから僕は愛犬よりもお金を選んでしまった。

 

僕が自由になるには雇われることを辞めなくてはいけない。

雇われる以外の収入源を持つ必要があったのだ。

 

加えて、自由になるには『不労所得』を得る必要がある。

忙しくて仕事から手を離せないのでは意味がないのだ。

 

たつもんが自由になるには
  1. 安定した収入源
  2. 時間の自由
  3. 長期間安定する仕組み

充分な収入が、自動化されていて、安定していること

これが僕が自由になるための条件だ。

 

しかし当時の僕に不動産や株を買う財力はない。

(あるのは200万円の借金と中卒という役立たずの経歴のみだ)

よって、いきなりバイトを辞めるわけにはいかない。

バイトしながら平行して所得の仕組みを作る必要がある。

 

つまり低リスクかつ低労力で行えるビジネスを行う必要があったのだ。

 

その方法を模索してるうち『アフィリエイト』を知った。

この7文字との出会いが僕の人生を変えた。

 

アフィリエイトは、近年流行の『誰でも利用できる広告』だ。

(※日本に銀行口座を持ち、文字の読み書きができれば免許・資格の有無は問われない)

参考記事:アフィリエイトとはなにか?イメージをブチ壊す話をしよう

 

今でこそYou Tuberやブロガーの収入源として有名なアフィリエイトだが、当時はまだまだ信用し難い謎のシステムだった。

 

 

自身を成功者だと謳う方々のブログもネット上にたくさんあった。

しかしそこで描かれている世界は実に胡散臭かった。

 

会社員が副業で作ったブログで月収50万円

子育て中の主婦が放置ブログで年収1,000万円

学生の片手間メルマガで年収1億円

 

正直に暴露しよう、今でも僕はこの手の話はほとんど信用していない、大半が嘘だと思っている。

というより、当時より詳しくネットビジネスの実態を知った今の方が、より懐疑的に感じるようになった。

 

しかしすべて嘘と吐き捨てられるほど非合理なことではない。

 

なぜならお客を集めることさえできればビジネスは成立する。

ブログ、メルマガ、ツイッター、You Tube…手段はなんでもいいのだ。

そして会社員も、主婦も、学生も、誰もが気軽にネットメディアを持てるのが現代である。

 

つまり世の中の流れを鑑みるに『主婦が放置のブログで年収1,000万円は決して与太話とは言えないのだ。

 

僕はアフィリエイトに懸けてみることにした。

 

パソコンがないので家族のパソコンをこっそり借りた。

部屋に机がないので、みかんの段ボールの上にパソコンを置いた。

 

十畳に満たない部屋のみかん箱の上に、無限の夢が広がった。

第5話 監獄の扉が開いた

 

それから1カ月…

 

いつものように仕事でクタクタに疲弊した僕は、波打ち際のトドのように横になってテレビを見ていた。

 

無実の罪で捕えられた男が監獄から脱獄を試みる。

映画「ショーシャンクの空に」に似たドキュメンタリーだ。

 

「そろそろ明日の出勤に備えて寝なくては…」

 

そんな眠たい想像をしていた僕は、主人公の男と大差ない。

僕は罪を犯したわけではないが会社という牢獄に囚われていた。

 

囚人服を着て

スケジュールを管理され

意志と反する行動を強要される主人公。

まるで自分と大差ない。

 

ふとスマホがバイブし、見慣れない件名のメールが届いた。

 

『【速報】アフィリエイト成果報告:』

 

ざわっ…と、心の中に風が吹き荒れた。

 

「これはまさか…商品が売れたのか?」

 

すぐにメールを開くことはできなかった。

期待を裏切られるのが怖かったのだ。

 

しかし恐る恐るメールを開封すると…それは報酬が発生したことを通知するメールだった。

(↓こんな感じでメールが届く↓)

 

合計金額は24,000円。

バイトで必死に稼ぐ日当の3倍近い金額だった。

 

僕はスマホの画面を開いたまま小刻みに震えた。

拳を強く握りすぎて、てのひらに爪の痕がついた。

 

TV番組の男は見事に脱獄を果たし自由になっていた。

第6話 大人、やめました

 

「やめます」

 

僕は会社にそう告げた。

28歳、初夏のことだ。

 

事業収入はまだゼロに近かった。

借金はまだ200万円近かった。

手元にあるのは有給の8万円(2カ月×2)だけだった。

 

とてもじゃないが、会社を辞めて食っていける状況ではない。

いわゆる見切り発車というやつだ。

 

でも晴れ晴れとしていた。

昨日と同じ世界がキラキラと輝いて見えた。

 

同僚には「おかしな人だ」と笑われた。

先輩には「絶対に後悔するぞ」と言われた。

親には「ただただ心配」と言われた。

8万円で生活できるのは2カ月が限界だった。

 

どーでもいい。

不安より、恐怖より、キラキラ輝く世界の魅力が勝った。

(今でもこの頃のワクワクした感覚が忘れられない)

 

バイトに費やしていた8時間はビジネスに費やす8時間になった。

他人ではなく自分のために働くのは充実感がある。

 

1カ月後アフィリエイト収入は月30万円を超えた。

 

僕が労働しなくてもネット上の仕組みは自動販売機のように作動し続ける。

昼にモソモソ布団から這い出ると、寝てる間に8万円稼げていることもあった。
(当時のバイト月収とほぼ同額)

 

「調子に乗ってはいけない…」

「期待してはいけない…」

「安心しちゃいけない…」

念仏のように自分に言い聞かせ続けた。

 

2カ月後、月収70万円をこえた。

 

あまりに急激な変化だ。

「お金を稼ぐ」という価値観が崩壊していく。

 

なぜなら僕は3ヶ月前まで時給900円でレジを打っていたのだ。

 

数千円を稼ぐためにどれだけの時間を消費しただろう?

どれだけ誇りをすり減らしてきただろう?

どれだけ怒られ嫌味を言われただろう?

 

それが突然変化した。
(こんな感じで速報は1日に3件以上届き続けた)

 

さらに3ヶ月後、月の収入が100万円を超えた。

 

みかん箱の上のパソコンに夢を託して1年。

人生から労働への恐怖とお金への不安が消えた。

 

「あれ…今の俺、お金のために時間を過ごしてないな」

 

そう悟ったとき、僕の挑戦は一先ず完結したようだ。

 

 

目に見える世界は今まで信じていた常識とは異なっている。

どうやら常識とは平均的に生きるための足枷でしかないようだ。

その足枷が外れると人生は『平均的』ではなくなる。

 

 

僕はこの世界に見覚えがあった。

子供の頃に見たことがある。

大人になることを拒否した迷子達が自由に暮らす島、ネバーランド。

この生活はピーターパンやロストボーイズ達の暮らしそのものだ。

 

「あぁ、ここが僕が望んでいた世界だ。これから生きていく世界だ」

 

 

この1年で、お金や労働への価値観はガラガラと崩壊した。

同時に『常識』という足枷を幼少の頃から無理矢理縛り付けられ、過酷に搾取され続ける労働者たちに憂いを感じる。

 

僕は今まで信じていた世界に別れを告げ、ネバーランドで暮らす決意をした。

『ネバーランド暮らし!』という旗を掲げ、自由を求む労働者を応援することにした。

 

第7話 ようこそネバーランドへ

 

気付けば4年経ち、様々な「ネバーランド暮らし!」をする人達と出会った。

 

ある男性は六大学を狙えるエリート街道を脱線しインターネットビジネスで起業、病気の親と家庭を支えている。

 

ある主婦は結婚とともにアメリカに渡ったが旦那の失業をキッカケにアフィリエイトを開始、今は旦那の給料を超える稼ぎを得て幸せに暮らしている。

 

誰もが羨む有名企業に辞表を叩きつけ、パソコン一台抱えて世界中を飛び回る旅人もいる。

 

どうやら僕だけ特別なわけではないようだ。

この物語は現代ではありふれた物語である。

 

 

人の数だけドラマがある。

『人間万事塞翁が馬』

いつ自分がそんな不思議な人達の世界の仲間になるかはわからないものだ。

 

2018年4月に発売した『10年後の仕事図鑑(堀江貴文、落合陽一)』には、従来の『普通』が『普通』でなくなる未来のことが描かれている。

 

なんてことはない、その変化が数年早く僕の身に起きただけのことだ。

昨日まで『普通の人』だったとしても、明日も『普通の人』じゃなきゃいけないわけではない。

『社会』が変化すれば社会不適合者の定義も変化する。

 

あるいは社会ではなく、属すコミュニティを変えればいい。

 

例えば会社員の世界では社会不適合者は不名誉な称号だ。

しかし起業家の世界では名誉ある称号として好まれている。

 

会社員は平均的になることが求められるのに対し、ビジネスは特別であることが求められるからだ。

 

世の中の視線なんてその程度の適当なものである。

わざわざ悩まされることはバカらしい。

 

第8話 いわゆる社会不適合者の方へ

僕は自分に世界を変える力があるとは思っていない。
(そもそも、そんな大それた思想もない)

全ての人が自由を目指すべきとは思ってない。
従来通りの世界で生きたい方は好きにすればいいと思う。

これからは『選ぶ』ことが可能な時代なのだから。

 

ビジネスの世界にはギラギラした起業家が多いし、いわゆる意識が高い方々が多い。

積極的にセミナーやサロンを開催し、自由な生き方の普及を頑張っている方々もいる。

 

でも僕の人生観はいつだって『ネバーランド暮らし!』だ。

ピーターパンやロストボーイズのようにのんびりできればそれでいい。

 

僕は無理にビジネスを拡大するつもりはない。

仕事を頑張るより家族との時間を増やすことを選ぶ。

(1日30人もブログに訪れてくれれば十分生活できる)

 

しかし人生に絶望していた僕のような方々に前例を示し、灯台の灯りのような役割にはなれると思っている。

 

今の時代に生きる人々は、本来もっと自由なはずだ。

顔も知らぬ他人を潤すためではなく、個人や周囲の大切な人を大事にして生きることが許されてもいいはずだ。

 

僕はこの4年間で学んだ。

 

人生にはリセットボタンがある。

 

もちろん過去に起きた出来事は変わらない、しかし意味を変えることは可能なのだ。

 

 

もしあなたがネバーランド暮らしに興味を抱けないならそれもかまわない。

現状に不満がないなら僕のことは忘れていただいた方が賢明だろう。

 

僕が生き方を示したいのは『我慢』をしている方々に対してだ。

社会不適合者という意味不明なレッテル貼りに苦しめられている方々である。

 

もしあなたが『未来を変えたい』と願っているなら、当サイトの情報はお役に立つはずだ。

未来の自分からの手紙と思って、楽しんでもらいたい。

 

最後に、ネバーランドの案内人であるピーターパンが、ウェンディ達に言い放った言葉で締めよう。

 

『You Can Fly!! (君も飛べるよ!)』

 

編集後記 あとがき

たつもん
読んでくださり、ありがとうございました!

僕のこれまでの体験に基づく知識をまとめた電子書籍(無料)が絶賛公開中です。

本記事を楽しめた方はワクワクしながら読めるのではないかと思います。

 

「勇気を与えられた」

「自由を目指そうという意思が高まった」

など好意的な感想が多く寄せられています。

ぜひ、読んでみてください。


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