亀山敬司氏がDMM創業に至るまでの逸話が深イイ

脱サラぐらし!とは
このサイトは会社に頼らず自由に暮らす方法を「わかりやすく」「ゆるく」「楽しく」お届けする情報サイトである。

本格ビジネス漫画として有名なインベスターZ(三田紀房著)9巻にDMM.com会長の亀山敬司氏が登場し、DMMを創業に至った経緯をお話していました。

 

【こんな話】

就活生の浩子はテレビCMで見たDMMという企業に興味を抱き、DMM本社にアポなし突撃訪問を試みる。

 

そこに現れたのはラフなシャツにジーンズの陽気なおっさん。しかし名刺を見てビックリ、なんとDMM会長の亀山敬司氏だった。

 

それから亀山氏は浩子に対し、DMM創業に至った経緯を話始めるのだが…これがまた面白い。


というか、あのように偉大な会社を立ち上げた方のお話がつまらないわけがない

 

亀山敬司氏ビジネスの歴史

高校を中退した亀山氏は露天商を始めます。通りにゴザを敷いて手作りのキーホルダーやペンダントを販売していたのだとか。

 

それから実家の石川県に帰り商店街でスナックを経営していた自宅の2階に麻雀台を5台入れて雀荘を経営。その後も旅行代理店やファミコンの卸問屋など色んな事業を展開。

 

「商売ってそんなにコロコロ変えて上手くいくものなのですか?」

 

と尋ねる浩子に対し「10本やって1本当てれば御の字ですよ」と答える亀山氏。

 

DMMはAVだけでなく英会話やFX、3Dプリンターなど幅広い事業を行っていますが、亀山会長の経営方針は昔から同時多発的のようです。

 

亀山氏はその後レンタルビデオ事業に注目します。

 

はじめは「こんなもん誰が利用するんだ」と気に留めていなかったものの、近所のビデオ屋が繁盛してる様子を見て「じゃあ自分もやってみるか」とレンタルビデオ事業をスタートしたところ大当たり。どんどん儲けて店舗を3つに増やします。

 

亀山「ところが、あの映画を見てレンタルビデオ事業には未来はないなーと思ったわけよ」

浩子「あの映画…とは?」

亀山「バック・トゥ・ザ・フューチャー2だよ」

 

 

バック・トゥ・ザ・フューチャー2は主人公マーティーが未来世界(2015年)に行くお話。

宙に浮くスケボーや、自動で締まる靴紐など様々な未来アイテムが登場し1989年当時の人々を熱狂させたそうな。

 

亀山氏はそんな『空想の未来世界』の1シーンを見て、レンタルビデオ事業には未来がないと悟ったと述べます。

 

それは部屋のテレビに映像が直接送られてきて配信されているシーン。現在のNet Flixなど映画配信サービスを思わせる演出です。

 

そのシーンを見た亀山氏はこのように思ったという

 

 

時は1989年、Windows98の発売でインターネットが一般普及する10年ほど前の出来事です。

 


なんとまぁ少年心をくすぐられるエピソードだろう(^ω^)♪

 

亀山会長は映画の『空想の未来世界』を信じて『将来レンタルビデオ屋には人がこなくなる』と事業の方向転換を行ったことになります。

 

繰り返しますがバック・トゥ・ザ・フューチャー2はSFでありフィクションです。SFを見て現実の事業展開を変えようと考える人間が一体どれほどいることやら(´ω`;)

 

『ゾンビ』を見てライフル弾や食料の備蓄を始めるようなものですね。きっと周囲から笑われたり冷ややかな視線を浴びせられたことでしょう。

 

もちろん亀山会長ほどのお方が思考停止して映画の内容を鵜呑みにしたとは思えません。きっと『現代の科学力なら10数年後にこのような技術開発が可能』と合理的に判断したのでしょう。

 

考える力が無いから大衆と違う道を歩んでしまう者と、思考した上で大衆と違う道を選択する者は全然違いますね。数々の逸話を聞く限り、亀山会長は間違いなく後者のタイプです。

 

そして伝説(エロ)へ…

 

こうしてレンタルビデオ事業に変わる新たなビジネスを画策し始めた亀山敬司氏は、現在のDMMの最大のキャッシュポイントである『エロ(AV)』に辿り着きます。

 

亀山会長は、そのキッカケをこのように述べました。

 

『人が作ったものを売るんじゃなくて、自分で作って売る側になろうと思って』

 

確かに自分で商品を作って売れるビジネスモデルを完成させれば収入が安定します。

商品が時代の流れに左右されない普遍的なものなら、半永久的に飯を喰うことに困らなくなるでしょう。

 

例えばダイエット、恋愛、ビジネスのコンサルタントは時代が変化しても仕事が失われないと言われています。

 

「痩せたい」「モテたい」「お金が欲しい」と思っているお客はいつの時代も大量にいるし、そのお客を奪い合うほどコンサルタントの数が増えることは考えにくいためです。

 

AVは映画に比べて低予算で作成できますし、映画より高値でもバンバン売れます(自分ビデオ屋に務めてましたがどこの店も映画よりAVの料金設定は高めです)

 

もちろん時代が変わっても需要はあり続けると思うし、仮に需要がなくなったところで亀山会長なら誰より早くその危機に気付いてシフトチェンジするのでしょう。

 

そして98年、ついにインターネットが家庭に普及する時代が到来。この時代を事前に予知していたDMMは足早に映像配信事業をスタートし、現在の地位を築くに至る。

 

現在のDMMはAVという確固たる収入源を活かしつつ英会話やFXなど様々な事業を同時展開している。

 

しかしその心はかつて露天商、雀荘、ビデオ屋と様々な事業を同時展開した亀山会長の流儀そのものであり、昨日の今日に始まったビジネススタイルではないのです。

 

最後にDMMの事業を的確にまとめた浩子の格言で締めましょう。

 

『一つの会社の中に多種多様な事業が混ざり合って…なんだか…新しい遊びがどんどん増えていく… とっても大きなテーマパークのように!』

 

SNSでつぶやく話題にどうぞ!

ABOUTこの記事をかいた人

たつもん

「好きなことで暮らす」を合言葉に14歳で学校をやめ、19歳で趣味を仕事にしはじめる。

インターネットで「暮らしの雑学」を発信しつつ、クリエイター(販売者)とファン(お客)を繋げる活動に注力している。

【以下、これまで仕事にしてきた趣味】
プロ漫画読み・絵描き・ゲームクリエイター・映像クリエイター・ゲーム実況者・作曲家・作詞家・編曲家・パフォーマー・ビジネスコンサルティング・販売アドバイザー