ここ最近、テレビにへばりつく不健康な日常を過ごしてます。

 

Net fllixで海外ドラマと映画を見て、パワプロ(ゲーム)やって
飽きたら本を読んで、またドラマを視聴するサイクル。

 

家にトレーニングマシンがいくつかあるので出歩かずに運動もできるし
食事も出前で済ませばいいので、家から外に出る必要性を感じなくなってきてます。
(完全に引きこもりの思考ですな)

 

たまには旅行に出かけたりすることもありますが基本的に家の方が好きです。
ある日突然、旅行禁止法なんて法律ができたとしてもさほど困ることはないでしょう。

 

ここ数年間こんな感じでフラフラした生活を続けていますが
たまに、知人・友人からこのような質問をされることがあります。

 

「そんな生活してて暇にならないの?」

 

例えば僕の彼女の友人は少しでも暇な時間があるとソワソワしてしまい
週2日の休日は決まって外を出歩いてショッピングや一人旅をするそうです。

 

彼女にとって家は、寝て起きて風呂入るためだけの場所なんだとか。

 

サラリーマンやってる友人も「不労生活は暇過ぎて俺には耐えられない」と言っていました。
彼は忙しく働かないと生きている心地がしないそうです。

 

というように、この数年間で幾度となく
「暇でつまらなくないの?」という言葉を投げかけられてきました。

 

もちろん僕の答えは「楽しくて仕方ない」です。
僕は映画や音楽に触れられれば『暇』ということはありません。

 

まだ見ぬ映画や音楽はこの世に腐るほどあって
多分、僕が死ぬまでずっと視聴し続けても見終ることはありませんので
ずっと暇になることはないんじゃないかなと思います。

 

ただ、こればかりは人によるでしょうね。
確かに不労生活の暇さに耐えられず忙しく働くことを選ぶ人も多いです。

 

例えば僕の友人に通称『社長の息子』という人物がいます。

こちらの記事でも書いた人:忙しく働かなくてもいいじゃない、人間だもの

 

彼は親がお金持ちで不労生活者です。

 

息子の彼に積極的に金銭的支援を行ってくれますし
「働きたくないなら遊んで暮らせ」と言ってくれています。

 

しかし彼は自分で事業を起こし、忙しく働く道を選びました。
そして社畜サラリーマンも真っ青になるぐらい毎日汗水流して仕事に励んでいます。

 

そんな彼の口癖は「家でじっとしてると寂しくなる」

彼にとって労働は日常に刺激を与えてくれるスパイスであり
寂しさを埋めてくれる道楽の一種でもあるようです。

 

 

人間が働く理由は主に2つあります。
お金を得るため、あるいは充実を得るためです。

 

ただ多くの労働者がせっせと仕事する理由は『お金を得るため』という理由に偏ります。

 

僕もかつて時給900円でフリーター生活をしていましたが
仕事をしている理由は『お金のため』以外にはありませんでした。

 

しかし不労の収入源を得て『お金を得る=労働』という図式に変化が起こると
お金のために労働を行う必要がなくなってしまいます。

 

仕事のために、朝に目覚める必要がなくなり

仕事のために、夜に眠る必要がなくなり

仕事のために、家族を後回しにする必要がなくなり

仕事のために、趣味や夢を諦める必要がなくなり

仕事のために、済む場所を制限される必要がなくなります。

 

すると仕事を行う理由は『充実を得るため』1つになるわけですが
社長の息子のように、人生の充実のために忙しく仕事に励むのもまた一興です。

 

人生の充実のために何かを行えるのは幸せなことだと思います。

 

ただ、僕みたいに仕事以外に充実を得られる事柄がある人は
不労生活に突入しても暇になるってことはないでしょう。

 

不労生活最大の魅力は「暇になること」ではなくて
情熱を傾けたいことだけを目一杯行えることだと思っています。

 

 

PS.

そういえば、こんなことを言う人もいる。

 

「毎日が休みだと休みのありがたさを感じることはできない。
忙しい労働があるから、休みが輝くのである(だから働くのだ、ワッショイ)」

 

これも人によると思いますけど、僕の場合はそんなことなかったです。
忙しい労働がなくても、休みは楽しいものですよ。

 

というか忙しい労働の後の休日なんて疲れ果ててまともに遊べなかったし
休日の終わりは「明日から仕事か…」と憂鬱で仕方ありませんでした。

 

人生は山あり谷ありと言いますが、無理して谷を掘らなくてもいいと思います。