早朝にフラッとコンビニに出かけたのですが
帰り道でスーツ姿のサラリーマンの方々とすれ違いました。

 

きっと、これから電車やバスに乗って出社するのでしょう。

 

弾丸のごとく駅に向かって駆けていくサラリーマン達。
方やノロノロとコンビニ袋をぶら下げて家路を辿る自分。

 

世間が行っている行動と相反する行動を行っていると
自分が世間のレールから脱線しているのだということを思い知ります。

 

でも昔は僕も夜明けの合図と同時に
ミサイルの如く職場を目指す人間の一人でした。

 

拘束時間は短くて10時間。
来る日も来る日も家と職場を往復しせっせと労働に励んでいました。

 

ドン引きするほどの大雪の中を歩いて出勤した日は
「いっそ地球滅んでくれないかな」などと考えたものです。

 

 

コンビニから家に帰って一息ついた時、ふと

 

『今までどれだけの時間を労働に費やしてきたのだろう?』

 

ということが気になってしまったので
スマホの電卓叩いて計算してみました。

 

 

僕は基本的に、趣味を楽しむために生きています。

アルバイトを行っていた理由は借金返済のためでしたが
労働が終わって家に帰った後に趣味の映画や音楽を楽しむことが生活の支えでした。

 

 

それは今も変わっていません。

 

「事業を拡大する!」「世の中を変える!」
みたいなギラギラした起業家もいますけど
僕はそういったことには全然興味ありません。

 

自分と家族が幸せならそれだけで構わないと思ってる自己中ヤローです。

 

事業拡大するために忙しく働くよりも
漫画でも読んでた方がよっぽど楽しいし幸せなので
仕事の時間より趣味に時間を割けるようにしています。

 

なので最初の1、2年はとにかく自動化にこだわりました。

それもあり近頃は仕事らしい仕事をする機会がめっきり減ったので
1日の大半を趣味に費やすだけの日々が増えました。

 

1日平均15、6時間は自由に使える時間を用意するようにしてます。

 

人との約束もストレスなので基本的に断ります。
(●●時に集合…とかダルくてダルくて…)

 

仕事をするにしても、せいぜい月に数時間。
職場は自宅ですし社員もいませんので気楽なものです。

 

 

他方アルバイトの頃の労働時間は1日8時間、週5日。
当たり前ですが今のように緩くなく、ピリピリしていました。
(あくびなんてしようものなら、店長からドロップキックされます)

 

休日はグッタリ疲れて、次の仕事のための体力充電で終わります。
趣味のために使える時間は長くてもせいぜい4時間が限界でした。

 

必死に頑張れば5、6時間は趣味に費やせたかもしれませんが
そうなれば結局、別の何かを行う時間を犠牲にしなくてはいけませんでした。
(家族との会話、恋人との時間、お風呂、トイレ等のリラックス時間)

 

1日4時間は1年間で1,460時間。
日にちにして60日間ですか。

それが、当時の僕の年間の自由時間です。

 

今の自由時間は睡眠8時間を除いた16時間として1年間で5,840時間。
日にちにして243日間。

 

その差、4倍ですね。

 

今の1年間と同じだけ趣味を楽しむには
当時の僕は4年という歳月が必要だったことになります。

 

その数字を電卓ではじき出してギョッとしてしまいました。
数字の違いを見ると、途端にリアルな出来事に思えてきます。

 

 

他に楽しくて仕方ないことを行っていたり、
懸命に夢を追うために趣味の時間が4分の1になっていたなら諦めがつきます。

 

しかし前述したように僕が趣味の時間を犠牲にして費やしていたのは
「やりたくもない」「好きでもない」ことです。

 

やりたくないことに費やす時間で
人生の貴重な時間を擦り減らしていたと思ったら悲しくなりました。

 

僕がバイトを行っていたのは約7年間なので
既に20、30年分の時間を失ったに等しいのかもしれません。

 

 

割合って大事だなと思います。

 

例えば同じ80年という人生を生きるにしても
その80年がどのような割合だったのかですね。

 

例えば人生の70年が「嫌なことを我慢」だったのか
人生の70年が「やりたいことをやっていた」だったのか。

 

他の人がどう思うかはわかりませんが
僕は後者の方がいいなーと感じます。

 

 

無論、僕の考えが絶対正しいということはないでしょう。

労働が好きで幸せでたまらないなら
ガンガン労働しまくるのもいいと思います。

 

ただ僕と同じように労働よりやりたいことがあって
それを優先して生きていきたいなら

早いうちにその目的を達成できるお金の稼ぎ方にシフトした方が
幸せな人生を歩めるんじゃないかなと思います。

 

20世紀ならそういうのは難しかったかもしれませんが
21世紀の現代では雇われるだけが人生の選択肢ではありません。

 

企業や社会を喜ばすために生きなくても
自分と家族だけを喜ばすために生きたって全然良いはずです。