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僕の身の回りだけかもしれませんが
周囲から人生の成功者と呼ばれている人達って才能という言葉を極端に嫌います。

 

「才能あったから成功したんですね」なんて言おうものなら
目の色を変えて反論するような人が多いです。

 

例えば僕の友人の一人(起業家)は学生時代まで長野で過ごしていましたが
高校を卒業すると同時に上京して起業家としてのキャリアをスタートしました。

 

30代半ばで転売ビジネスで成功して年収は4,000万円以上になり
結婚して3人の子供を儲けて完全に東京住まいになりましたが
長野の自宅には一度も帰っていないそうです。

 

彼はその理由について「親が才能信仰者だから」と話していました。

 

・成功する人は才能があるから成功する
・自分達が失敗するのは才能(あるいは他の何か)がないからである

 

そのような親の教えに心底うんざりしていいた彼は
高校を卒業すると同時に親元を飛び出したんだそうな。

 

例えば彼は学生時代には漫画家になりたい夢を抱えていて
東京の大学に行って出版社に持ち込みをしたり
プロのアシスタントとして修業をするプランを抱えていたそうです。

 

彼は意を決して漫画家になりたいという夢を親に告げましたが
「あぁいう職業は才能がなければ無理」と猛反対されました。

 

それから、親との関係は冷戦状態だそうです。

 

しばらくして彼は転売ビジネスというあらたな夢を見つけ
「お金を稼いだ余暇で、趣味の漫画を描くことにしよう」と人生プランを変更しました。

 

結果、今の彼はまさにその時のプラン通りの日常を手にし
自費で製本した自分の漫画を、自宅の本棚に敷き詰めています。

 

 

学生の頃に描いたプランとはちょっと違うかもしれませんが
それはそれで、楽しそうな人生歩んでるな~という風に見えますね。

 

ただ彼はいまだに才能アレルギーで
成功や失敗を才能のせいにする人間と仲良くすることができないとのこと。

 

彼のようなケースは極端な例ですが、成功している人ほど『才能』という言葉を嫌いますね。

 

僕の身の回りに居る、世間的に成功者と呼ばれている人達はほぼ例外なく
『才能』『天才』という言葉を毛嫌いしていて、成功を才能で語られると嫌な顔をします。

 

成功を才能の一言で語られることは努力を否定することと同義だからです。

 

まぁでも気持ちはちょっとわかります。

 

他人が部屋で横になってポテチ喰いながらゴロゴロしてる間に
遊びも趣味もそっちのけで努力してるのが成功者ってものですから。

 

 

ドイツのクランプという心理学者が
プロとアマチュアのピアニストの生活の違いを調べる実験を行ったことがあります。

 

結論を言うと『ある1つのこと』以外、両者の生活には大差がありませんでした。

 

では、ある1つのこととは何か?

 

プロは週に33時間ピアノを練習していたのに対し
アマチュアは週に3時間しか練習をしていませんでした。

 

 

プロがプロなのは必然であり、アマがアマチュアなのもまた必然ということですね。

 

世間で言われてる天才って案外
単に他人より汗を流して修練しただけの人だったりするわけです。

 

逆に言えば他人より修練に時間を使えば
『ヤバイ!あの人天才!』と周囲が勝手に認めてくれるというわけですね。
(もちろん、無意味なことに汗を流しても仕方ありませんが)

 

 

僕が生きているビジネスの世界もプロとアマの違いはこの程度のものです。

 

今まで何百件、何千件というケースを目にしてきましたが
成功する人は四六時中ビジネスを優先した日常を過ごしていて
失敗する人はすべからくビジネスの優先順位が低いです。

 

 

友達と遊ぶ時間より、ビジネスを行う時間を優先する。

漫画本を読むより、ビジネスの知識を得る本を読む。

酒にお金を使うより、ビジネス環境を整える投資にお金を使う。

 

ビジネスで成功して自由になるのは、例外なくそういう人です。

 

そのような人は一見すると仕事が忙し過ぎて
仕事以外の大切な何かを犠牲にしてるように思われがちですが
実際には彼ら(成功者)の方がよほど人生を楽しく生きてるケースが多いですね。

 

 

確かに彼らは一時的に遊びも趣味も後回しにしますが、
結果として資産が増えるので後々の人生で遊びに使えるお金が段違いに増えます。
(普通に人生2、3回分以上の違いが出たりもします)

 

資産が増えてビジネスへの投資が行えるようになればシステム化も進みますので
仕事する時間を減らしても収入が落ちない状態も生まれます。

 

結果的に、時間もお金も住む場所も自由度が高い人生になり
周囲の人達よりよほど幸せな家庭を築けたり、色んな人生体験が増えていきます。

 

 

もちろん収入が安定してくれば仕事の優先度をいくら落としたって構いません。

 

例えば現在の僕は収入の仕組みを完全自動化しているので
仕事を頑張るのはせいぜい月に1、2時間程度です。
(気分が乗らなければ1ヵ月仕事しないこともあります)

 

 

もちろん自由に適さない仕組みの構築にいくら汗を流したところで
永遠に忙しい日々から解放されることはないです。

 

でも、後々放置できる仕組みを完成させて余暇のような日常が手に入るなら
半年から1年ぐらいビジネスを優先させた日常を過ごすことは全然悪くないと思えませんか?

 

仮に成功に1年、2年かかったとしても
時間的な自由、お金の自由、精神の自由がまとめて手に入るわけですから
人生を長い目で見れば余裕で豊かな勝ち組でしょう。

 

 

もちろん、目指すゴールによっては
才能という壁が目の前に立ちはだかってしまうことも否定はできません。

 

例えば僕が今から100メートル走でオリンピック金メダルを目指すのは
どれだけ努力したって叶いっこありません。

 

日本中を感動の渦に巻き込む大ヒット映画を作ることもできません、多分。

 

 

ただ、個人が月100万円稼いで自由な人生を実現するぐらいのことなら
簡単とは言いませんが、努力と継続によって十分に達成可能です。

 

詳しい理屈はこちらでも解説してるので興味があればどうぞ。

 

 

「僕(私)には才能がないので無理です」と言う人は多いですが
才能があるか、ないかをセルフ判断してしまうのは凄くもったいないなぁと思います。

 

才能の有無なんて、本人はもちろん他人にだって判別できるわけがありません。

 

もし、あなたやあなたの周囲の人が自分の才能の「ある」「なし」を見極める能力を持っているなら
それはそれで優秀な能力だと思うので就活案内所でも開けば大盛況でしょう。

 

 

まぁ才能が目に見える形で判る業種があることも事実ですが(モデル、スポーツ等)
世の中の大抵のことは思い込みだなぁーと感じます。

 

「お前には才能がない!」とか言ってる人も
相手が結果を出せばコロッと態度を変えたりしますからね。

 

みんな適当なもんです。