『ゼロから始める不労生活』キャンペーンをスタートしてしばらく経ちますが
書籍や動画の感想がドシドシ寄せられています^^
(申込者の45.7%が感想をくれるという高アベレージ)

 

世間の常識をブチ壊すような過激なことを結構書いたので
感想の多くが批判で埋まることも覚悟していましたが
感想の多くは『自由』に対して好意的なものでした。

 

考え方が変わるキッカケになった人も多いみたいで嬉しいですね。
(ゼロから低リスクで構築できる不労所得の作り方に興味があれば参考にどうぞ)

ゼロから始める不労生活無料プレゼントキャンペーン

 

 

書籍の中にも書きましたが、僕はかつて時給900円のフリーターでした。

 

将来に夢も希望もなく毎日淡々と同じ動作を繰り返し
ロボットのように決まりきった台詞を繰り返し
体力の充電が切れそうになったら適度に充電し
そして会社も僕達に対し思考を持たぬ機械になることを求めました。

 

休日に遊んではいけない、と求められたこともあります。

風邪でも出勤せよ、と求められたこともあります。

自分で何かを考えず、紙に書かれたことだけこなせと言われたこともあります。

 

僕達は中学、高校、大学という過程の中で従順な労働ロボットとなり
ベルトコンベアーで運ばれる備品のように社会に送り出されます。

 

プログラムされていることはたった1つ『働け』ということ。
もはやこのプログラムを遂行するためだけに動いているロボットも多いです。

 

中には、部品が壊れてしまうロボットもいます。

 

ゼロから始める不労生活の中で書いたような僕の友人は
途中で『感情』という欠陥が出てしまったことにより会社から廃棄されました。

 

ロボットにとって唯一の使命である『働く』ことが不可能になった女性は
今も世間から欠陥品として非難の目を向けられています。

 

とあるロボットは、人間になりたいと願ったために自ら死を選びました。

 

そしてどうやら僕も、廃棄処分寸前の欠陥品ロボットになりかけていました。
『自由になりたい』という欠陥的感情が爆発寸前になっていました。

 

しかし僕には世間的に『精神が壊れた』と言われてしまう彼ら(彼女ら)の方が
よほど正常に思えてならなかったのです。

 

不自由な状況に何の疑問も持たず会社に人生全てプレゼントする状況を
天命のように信じる人の方がよほど『壊れて』見えたのです。

 

ゼロから始める不労生活はかつての僕のような状況の人に
ロボットとして生きる以外の選択肢を提示する目的で書きました。
(具体的にはネット上での不労所得の作り方)

 

僕らはロボットではなく、家畜でもなく、人間なので
感情を殺して夢を抱くなというのは無理があります。

 

今日より豊かな明日を夢見たっていいはずです。

 

たまに金の亡者だの、拝金主義者だの言われることがあります。

 

「何で金儲けの方法を人に教えるんだ!」
「普通は人に教えず自分だけでやる、詐欺だ!」

 

などと言われることもあります。

 

すげーどうでもいいな、と思います。

豊かになる方法を人に教えることが詐欺なら
学校も本屋に並ぶ就活本もみんな詐欺ですね。

 

 

僕は昔の方がよほど「金!金!」と言ってましたし
お金の為だけに毎日生きていました。

 

別に接客が好きだったわけではありません。
レジ打ちが子供の頃からの夢だったわけでもありません。

 

でも、働けばお金が貰えるから。
そしてその他の選択をするのが面倒で怖いから。

 

つまらなくても、辛くても、不平不満をブチ撒けながらも
慣れしたしんでるという理由でレジ打ち仕事に依存していました。

 

時給900円を得るために結構色んなことを犠牲にしていたな、と思います。
(趣味、夢、家族恋人との時間、思い出、睡眠時間、笑顔、喜び)

 

きっと当時の僕のような人はこの世界にたくさんいます。

 

・楽しくはないが、給料が良いから今の仕事をしている。

・本当にやりたい事ではないが消去法で仕方なく今の仕事をしている。

・人間関係に不満があるが、家から近いから今の職場にいる。

・仕事というのは辛くてキツイいのが当たり前と思っている。

・お金を稼ぐには何かを我慢し、犠牲にしなくてはいけないと思っている。

 

そのような人は多いことでしょう。
ただ、そのような人の中にも2種類のタイプがいます。

 

不自由な現実に何の疑問も抱かず涼しい顔で受け入れるタイプの人と
常識を疑い、現状を変えたいと願うタイプの人です。

 

僕は後者のような人にだけ価値提供できればそれでいっかな~思ってます。

 

 

ネットが発達した昨今は人生を劇的に変えるハードルが低くなってる時代ですし
不自由は必ずしも我慢し続けなくてはいけないわけではないのかもしれませんね。